今年の春、100歳を迎えた私のお祖母ちゃんが天国へ旅立ちました。大好きなお祖母ちゃんとのお別れは、今でもどこか実感がわかず、「ふとした時に、どこかでまだ見守ってくれているのではないか」と思ってしまうことがあります。
私が生まれたとき、両親は仕事で忙しく、しばらくの間、お祖母ちゃんが私のお世話をしてくれていたそうです。母から聞いた話では、孫が15人、ひ孫も15人もいる中で、お祖母ちゃんは私を特に可愛がってくれていたのだとか。幼い頃の私にはその特別さは分かりませんでしたが、大人になった今、そう言われると心の中がポカポカと温かくなるのを感じます。
私が覚えているお祖母ちゃんは、とにかく優しくておおらかな人でした。いつも穏やかな笑顔で、私を迎えてくれました。忙しい日々の中でも、お祖母ちゃんの家を訪ねると、まるで時間がゆっくり流れているように感じたのを今でも覚えています。「よく来たねぇ」と笑顔で出迎えられると、それだけで安心感に包まれました。
そんなお祖母ちゃんが今年の4月に亡くなったとき、たくさんの思い出が一気によみがえってきました。そして最近、改めてお祖母ちゃんの遺した品々を整理していると、驚くほどたくさんの“私との思い出”が詰まっていることに気づきました。
例えば、私が子どもの頃に描いてプレゼントしたポケモンの絵。幼いながらも「お祖母ちゃんが喜んでくれるかな」と一生懸命描いたあの絵が、何十年も大切に保管されていたのです。色鉛筆で塗ったぎこちない絵が、私にとっても懐かしく、思わず笑ってしまいました。そして、私が生まれた病院のパンフレットや、短大を卒業したときのパンフレットまでも、大切にしまってありました。
パンフレットを手に取ったとき、「お祖母ちゃんは、私の成長を一つひとつ見守っていてくれたんだな」としみじみ感じました。私がどんな道を選び、どんな風に成長していくのか、お祖母ちゃんにとってそれは喜びであり、誇りでもあったのかもしれません。
こうした思い出品は、単なる物ではありません。それは、お祖母ちゃんの愛情の形そのものでした。私の小さな一歩ひとつひとつに、心を寄せてくれていたお祖母ちゃん。私が「これをやってみたい」「こんなことがしたい」と頑張る姿を、お祖母ちゃんはずっと応援してくれていたのだと思います。
思い返せば、私が何かに挑戦するときや迷ったとき、お祖母ちゃんの笑顔や声がどれだけ心の支えになっていたか分かりません。そして、あの穏やかで優しい姿勢が、私の今の考え方や人への接し方に大きな影響を与えていることに気づきます。
今年の年末、そんなお祖母ちゃんに改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います。「お祖母ちゃん、たくさんの愛をありがとう。」そう心の中で伝えながら、私自身もお祖母ちゃんのように、おおらかで優しい人でありたいと願っています。
年末は何かと忙しく、気がつけばあっという間に過ぎてしまう時期ですが、皆さんもぜひ大切な人との思い出を振り返ってみてください。忙しい日々の中でも、立ち止まってその人との時間を思い返すことで、新しい年を迎える心の準備ができる気がします。
お祖母ちゃんが遺してくれた愛情を胸に、私はこれからも周りの人々に優しさや元気を届けていきたいと思います。2025年も、どうぞよろしくお願いいたします。